(月刊「ギャラリー」2013年12月号)
7時までなら何でも1杯300円で飲める銀座の店。3ショット目のバーボンをすすりかけたら、顔なじみの美術展逍遥家が入ってきて隣に座った。ほぼ満員。なぜそんなに安く酒を飲みたい?
偏見に押されて
独りで飲むつもりが、いろいろ聞いてくる逍遥家。
逍 ことしも終わり。いい展覧会はあった?
私 皆が言う「いい展覧会」も私には良くないことがあるからね。ただ水戸芸術館で10月末までやっていた曽谷朝絵展は、いろんな意味で重要だった。日本の若手画家でここ10年ほど一番期待されていた人の、初の大規模個展だったから。絵柄の珍しさや細かさではなく、色や形や明暗や筆触の新しい組み合わせで絵を描く人のね。
逍 で、どうだった?
私 複雑だ。曽谷さんの画家としてのピークはVOCA賞を取った2002年ごろまでというのがはっきりした。虹色の光の中の浴槽を描いた、鮮烈なあの絵でね。以来、内容にも画法にも進境はない。本人もそれを分かってか、展示ではいろんな色を反射するシートを壁や床に貼るとか、天井のミラーボールが映像を散らすのとかインスタレーションを試みていた。ミラーボールのは暗くて色も濁って全然きれいじゃない。シートのはきれいだけど、白い床が汚れるからか鑑賞者に靴を脱がせる弱さが難。
逍 彼女なら虹色の浴室風景だけ描き続けてラッセンみたいな人気インテリアアーティストになれたかも。そっちに行かないでインスタレーションに挑んだのは偉いと思うけど。
私 そういうのを偉いと言うのも、ラッセンなどを軽視するのも現代美術界の偏見だよ。インテリアアートなら才能はあるのに、偏見のせいで無理に「現代美術」にこだわるなら痛々しい。「空気」に押されて本来の自分を殺しているようで。
作品売りたくない?
逍 同じころ東京都美術館でやっていた福田美蘭展は?
私 気が付いたのは第一に、福田さんの画歴の中ではかなり重要で面白い作品だと思うのにキャプションでは「作家蔵」となっているのが多いこと。
逍 去年、国立新美術館で辰野登恵子の展示を見た時に同じことを感じた。
私 不思議だね。本当に重要で面白い作品ならすぐにも売れそうだけど。売りたくないのかな。
第二に、9・11後の作品でブッシュ大統領がイエス様から報復攻撃をやめるように?説得される絵があったでしょう。あれに表れた福田さんの世界観のあまりの安っぽさ。テレビの左翼芸人並みだ。
第三に画力の問題。写実力が、彼女のラジカルなコンセプトを実現するには足りないように見える。古典のパロディーとか実在の人物の描写には、そういう力が不可欠なのに。ブッシュはすぐにブッシュと分からないし、ベラスケスの名作を再構成した例の作品も、タッチがベラスケスに似ていないので面白くない。しかもアクリル絵の具を使っているので、さらにうそっぽく見えてしまう。ブッシュとイエスの絵なんて、本格的な油彩かつ迫真の写実で描いていたら平山郁夫のあの3聖人の〝傑作〟並みに衝撃的だったかもしれないのに。
逍 でも新聞は褒めていたね。福田さんはもう長いこと発表していなかったから終わっちゃったかと思っていたけど。美術界もマスコミも、何かをこつこつ続けている人には優しいね。地道がいい、愚直が偉い、みたいに思わせる日本の「空気」かね。息の長い芸術支援にはいいんじゃない?
美術より風評が心配
私 いや。日本の美術を駄目にするのはその「空気」だよ。美術家以外の美術関係者や支援者の側のも含めてね。そういえば、ことしは面白い事があった。シェル美術賞ってあるでしょう。
逍 企業主催の美術公募では一番長い歴史を持つというやつ?
私 そう。実は2月ごろ審査員長の本江邦夫さんから突然「審査員やって!」と言われて。
逍 引き受けたの?
私 美術についての私の考え方の大部分は本江さんの影響によるもの。恩人だから断れない。「いろいろ考えた末に」私を選んだとおっしゃるし。
逍 でも結局やらなかった? まさかあの、4月号のエープリルフール騒動の関係で?
私 その通り。際どい変化球のつもりがデッドボールになっちゃったような件だけど、誰も実害を被っていないはず。ネットの雑魚が騒いだらしいけど。
主催者の昭和シェル石油は私を喫茶店に呼び出して書面で審査員就任を依頼していたのに、騒ぎのあと電話で「社内で決まったことだから」と、こっちの言い分も聞かず一方的に白紙にしてきた。私に対するコンプライアンスはゼロだったね。大体、審査員長の見識よりネットの風評にこだわって業務方針を変更するとは。
逍 審査能力には関係ない話でねえ。確かにこの10年ぐらいのシェル美術賞展はひどい。VOCA展の超劣化版みたいな。01年の曽谷ぐらいでしょう、シェルでグランプリ取って今も要注目の画家は。問題作も出ないのは応募者の質だけでなく、主催者の姿勢のせいもあるんじゃないの。「空気」を気にする臆病会社に現代美術支援なんて無理だよ。
私 1日座って、目の前に出される絵をどうこう言うだけで20万円。あと半日、表彰式とかに出るだけで日当2万円だって。そんなふざけた仕事を引き受けたら、金に苦しむ美術家たちに合わせる顔がないね。
(続く)
コラムニスト、美術ジャーナリスト 名古屋 覚(なごや・さとる)
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