名古屋覚の管見ギャラリー5 続「空気」と美術

(月刊「ギャラリー」2014年1月号)


思い出すたびに申し訳ない。十数年前の事。イタリア・ミラノから美術雑誌編集幹部が2人ほど来日した。私を含む日本人数人と、東京・南青山で当時(今もか)最も目を引く場所にあるカフェに入った。夕方だった。注文を聞かれたイタリア人らは口をそろえて「サケ」。しかしサケはなかった。イタリアワインならあるらしかった。日本人がミラノのバールで胸ときめかせてスプマンテを頼んだら、そんなものはない、スーパードライはいかがかと返されたみたい。

柔道、すしと並んで日本酒はとっくにグローバル文化である(日本画は違う)。ジョン・ゴントナーといえば米国の有名な日本酒ジャーナリスト。日本移民の多いブラジルでは戦前から造っていて吟醸もある。少し甘いが、ブラジル産の甘い醤油(九州出身者の影響か)にざぶりと漬けたイチゴやマンゴーの巻きずしによく合う。サンパウロやリオデジャネイロだと、まさかと思うような店にもサケやそれを使ったカクテルがある。

このまま外国人をもてなすのか。バーだろうとフレンチだろうと、酒類を置く日本の全ての飲食店は、すべからく日本酒をメニューに載せるべし。美術展オープニングでも安ワインなどでなく、ほどほどの日本酒を供すべし。ちなみにわが国はウイスキーの本場の一つでもある(先月号小川英晴氏座談会参照)。

政治家としての審査員


酒場で隣に座ったのは美術展逍遥家。

 通じなかったジョークが起こした騒ぎのせいでシェル美術賞審査員をやめさせられたけど、かえってよかったみたいに言ってたね。酸っぱいぶどうだな。

 いや正直、ほっとした。物書きとしての信条があるから。美術に対して価値判断を下すのは自分の文章によってのみ、というものだ。審査員の権威によってではない。

 でも推薦制公募展で作家推薦人はしていたでしょう?

 推薦は記事で紹介することの延長みたいなものだから。トーキョーワンダーウォール公募では審査員を引き受けたけど、それは特別の理由による。審査員とは権威によって賞金を分配し、それで美術界に一つの価値観を提示する人。要するに政治家だ。そのことを自覚しているのかな。

しかし審査員ほど恥ずかしい仕事はないね。偉くもないのに偉そうに、ワンダーウォールの表彰式では壇上に座らされて。引きつったよ。まともな神経じゃできない。

顔が見える公募とは


 昭和シェル石油とか損害保険ジャパンとか企業が主催する公募はろくな作品や作家を発掘できていない。世界に注目され、その後の絵画の方向を変えるどころか、国内でも関係者以外に知られず、1年と話題にならない。駄目なのは作家か、美術大学などの教育か、審査員の眼力か……。

 全部当たるけど、何より、波風立てるのを嫌い周りと同調するのを良いとする日本社会の「空気」じゃないかな。震災の前から、時代の雰囲気に合わせたように暗くて寂しげ、不安げ、不気味な絵がよく賞を取っている。

 今回のシェル美術賞もそれだな。描く方も賞を出す方も「空気」しか読めないクズ。「世間を騒がせる」のを悪いとするバカ。「空気」をぶち壊すことこそ現代芸術の使命なのに。日本をぶち壊せ!

 酔ったな。それと「個人」の顔が見えるかどうかね。

 審査員は紹介されてるよ。どの公募にも出てくる人がいるけど。

 そういうことじゃなく、公募を主催する人物の個性が授賞方針などに明確に表れているかということ。ワンダーウォールでは政治家で創設者かつ審査員長である人のそれが明らか。その人に私も投票した以上、協力しないわけにいかなかった。

それでもワンダーウォール含め各公募の受賞作品を見ると、主催企業か世間の「空気」をうかがって、なあなあで決めたとしか思えないことが多いんだな。


疑問の〝メセナ〟


 公募は個人が主催しろというのか。まあ、企業主催じゃ人物の個性なんか出せないからね。ところで現代絵画の公募展といえば第一生命保険が20年前から協賛しているVOCA展が一番有名。あんたがずっと推薦委員をやっているやつ。

 ことしの推薦委員はやっていない。第一生命保険は有楽町の本社ビルにギャラリーを持っていて、時々VOCAの受賞者の個展をやっているね。

 でもギャラリーが開いているのは平日だけ。それも正午から午後5時まで。先月までやっていた内藤絹子展はついに行けなかった。一体、誰に見せるつもりなんだろう。

 会社が買った受賞作品をロビーに展示しているけど、薄暗くてまともに鑑賞できない。絵画への愛情が感じられない。仕方なく展示しているみたい。社会貢献とか言っているが、私が画家なら怒る。

 「企業メセナ」だろ。日本的な。

 ローマ帝国の学芸保護者メセヌ(マエケーナース)は個人だったよ。企業に「メセナ」はできない。

 で、VOCAはどうなの?

 20年ぶりに縁が切れたから自由に言えるけど、あれこそ日本の現代美術の悪とバカの縮図だ。

 詳しく聞こうか。

 またにしよう。7時から1杯300円じゃ飲めなくなるよ。

コラムニスト、美術ジャーナリスト 名古屋 覚(なごや・さとる)
1967年東京生まれ。ミラノ発行の英文現代美術誌「Flash Art」日本通信員。美術評論家連盟会員。秋田公立美術大学非常勤講師。

日本の酒場で満足できるもり方なのは、こういうコップ酒だけ。
ただし、こぼす必要までない。名古屋覚撮影

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